「酒」のいのりのかたち
2021.10.25
作品の解説
本作品は、酒を通して目に見えない存在に目を向けるインスタレーション作品です。酒にまつわるさまざまなモチーフが酒器と光によるコースティクス(集光模様)の中から立ち現れ、その様子は体験者の動きによって変化します。酒造りの現場を訪問して出会った、目には見えない生命や信仰を抽象的に描き出そうという試みです。
酒の起源
私たちが日々の暮らしの癒やしとして飲む酒。その中に、「日本」の名前がつく「日本酒」があります。世界的に飲用として生まれた酒が多いのに対し、日本の酒は姿形の見えない神様とつながる神聖なものとして、古くから祭事で用いられてきました。米は日本において神様にささげる食べ物であり、発酵や腐敗が進んだものは「神様が食べたので色が変わった」と捉えられ、神聖になったもの=神様と人間をつなぐもの、という認識があったといわれています。
酒は、日本では田植えや稲刈りの際に集落の一体感を生むために用いられ、現代では嗜好(しこう)品として日常的に飲まれており、景気付けや打ち上げ、親睦を深める場に欠かせないものとなっています。神様とのつながりだけでなく、空気や場といった人と人とのつながりを生み出すものだともいえます。
目に見えない存在といのり
科学が発達していなかった時代、酵母という目に見えない存在の力によって米が酒に変わることは神秘的な現象であり、酒は奇跡の産物でした。目に見えない存在との関わりは一つの信仰のように造り手の生活に浸透し、今も受け継がれています。
目には見えないものへの畏れや敬いは、新型コロナウイルスの脅威を体験した我々にとって今、向き合いたいテーマだと考えました。手に付着したかもしれないウイルスを、空気に漂っているかもしれない飛沫(ひまつ)を、私たちは日常的に想像しながら、共に生きる道を探しています。顕微鏡を通さなければ見えないウイルスは、私たちにとってその存在が曖昧です。運や霊と呼ばれるものも同じように曖昧な存在で、見えないからといってその存在を否定することはできないのかもしれません。
いないけどいる、いるけどいない。そういった存在を信じて行動することは、私たちの一つの「いのりのかたち」だと思いました。