実制作

2021.10.25

見えない存在を体験する

 

見えない存在を描く、というコンセプトを基に、酒にまつわるさまざまなモチーフが酒器から現れては消える、という情景を表現しようと考えました。

 

 

ミストスクリーンやARなども手法として検討しながら、最終的にはプロジェクションによる表現を選択しました。日本語の「かげ」には、陰影の意味以外に、「人の目の届かないところ」「心の中に浮かぶ姿。おもかげ」「恩恵を与えること。また、その人」(※1)などといった意味があります。今回表現したいものと高い親和性があったため、さまざまな透明な酒器に対して、プロジェクションによる光と影を用いて、実体があるのかないのか分からないような表現を作りたいと考えました。

 

 

 

「かげ」の最適な見え方を探るため、何度か投影実験を行いました。透明な酒器に対して本来影が落ちるところに逆に光を当てると、本物の影がぼやけ、代わりにコースティクスがきれいに現れることが分かり、これを表現のベースとしようと決めました。

 

※1 スーパー大辞林より

 

近づくと消える光のテクノロジー

 

 

本作品は複数の酒器の周りに、酒造に関連が深い酵母をモチーフとした映像を映し出す体験装置となっています。

ただし、映像をただ映し続けるものではありません。日本酒を造り出す酵母は人間の見えないところで大事な仕事をしています、そのメタファーとして本作品では体験者が近くにいないときにだけ酵母が姿を現します。ここからは、体験者が酒器に近づいたか、遠ざかったかをどのように作品に落とし込んでいるかを説明します。

 

 

体験者と酒器との距離は赤外線で測定しています。環境が暗い場合は、赤外線のように目に見えない光を使った測定が有効です。本作品ではLiDARを使った赤外線による距離測定を行っています。

 

 

本作品で使ったLiDARでは本体を中心とした270°の扇形を認識範囲としています。認識範囲が広いので、さまざまなインタラクションのトリガーとして利用できます。ガラスや反射体、炭酸ガスや霧にやや弱いという弱点もありますが、暗所で利用できて投射距離が長く設置が容易なので本作品には条件的に合っていました。

 

 

LiDARを中心とした270°の扇形でセンシングする都合上、プログラムに送られる信号は赤外線が体験者にぶつかった角度と距離の極座標となります。体験者との距離を極座標上の距離として扱う方法もありますが、酒器が置かれる台座は矩形(くけい)ですので、本作品では極座標を直交座標に変換して使っています。

LiDARを扱う専用のアプリケーションを実装し、その設定画面でセンシングに使用したいエリアを定め、酒器と体験者の距離を割り出しています。その距離データはUDP通信で映像投影専用のアプリへ送信し、体験者が一定距離離れたら映像を切り替えるトリガーとして利用しました。

 

 

実際のかげに馴染ませる映像表現

 

映像のモチーフは、酒造過程で現れる菌を主なリファレンスとして制作しました。菌以外にも酒蔵見学やインタビューを通して印象的だった神狐(しんこ)や波紋などもモチーフとしています。

 

 

 

菌のビジュアルは、忠実に描くのではなくあくまでもエッセンスとして取り入れました。映像は、実際の影やコースティクスとなじむよう、質感を感じさせる白黒で制作しました。目に見えない存在がテーマであるため、有機的な印象を感じさせるような、増殖したりうごめいたりするアニメーションをつけました。

 

そして酒器の影に合わせて、複数の映像パーツを作ってレイアウトします。菌の映像は動きの重複をなくすためにアニメーションの異なる素材を複数用意しました。また、今回の作品はプリレンダーで行っているため、全て20秒のループ映像となっています。

 

 

 

 

当初は、A→B→Cの変化をフェードで切り替える予定でしたが、投影テスト後にループに変更しました。作品のコンセプトである「いないけどいる」を伝えるためには、人間(体験者)の前では「隠れる」「逃げる」などといった演出をつけることが重要と考えたためです。

 

最終調整は、宮城大学の展示会場でプロジェクターや酒器を設置してから1週間行いました。実際のコースティクスと違和感なく混じるように映像の濃度や質感を調整。体験者から見てバランスの良いレイアウトを探りました。PC画面でははっきり映っているものもプロジェクターでは薄かったり、昼間と夜では見え方が大きく違ったりするため、調整に時間を要しました。

 

 

 

 

 

最後に

 

酒の味わいは深く、酒と共に過ごす時間は趣のあるものです。リサーチや制作を通して酒のプロダクトとしての魅力だけでなく、造り手の姿勢の美しさを知り、そこに宿るいのりの姿にも触れることができました。

作品としては今後、酒器の周りに映像をジェネラティブに生成できるようにアップデートすることで、より有機的な存在感を醸し出せるように仕上げていきたいと考えています。