文様といのり

2021.10.22

作品の解説

 

本作品は、伝統的な引き染めの技法とデジタル技術を組み合わせ、文様の装飾としての魅力はもちろん、現代ではあまり意識しなくなった自然とのつながりや由来など、新しい「いのりのかたち」を体感できるインスタレーション作品です。文様の型が投影された布に、体験する人がはけを使って色を塗っていきます。塗り進めると、色が広がっていき、布全体が染まっていきます。その後、さまざまな祈りや願いが込められた文様が、命が吹き込まれたように動き出します。

 

 

文様に込められたいのり

 

文様とは物の表面を飾るために人工的に付けた模様のことです。日本には古くから使われてきたたくさんの伝統文様が存在します。最近では目にする機会はあまりないように思われがちですが、結婚式や成人式の着物であったり、手拭いや財布などの小物にあしらわれていたりと、日本っぽさを感じられる「和柄」として今も私たちの生活の中に根付いています。

 

 

文様の特徴はシンプルなモチーフの反復構造です。自然界の事象や生物の特徴を、線や図形で構成した幾何学的な単位で表現し、それらを回転・対称・並行を用いて敷き詰めます。これにより、規則的に並んだモチーフの整然たる美しさ、モチーフを単体で捉えたときと複製された文様として捉えたときの印象の違いなど、デザイン的に優れた効果を生み出しています。この文様の反復構造にはデザイン的な側面だけでなく、さまざまな願いが込められています。モチーフの繰り返しは、途切れることなくどこまでも続くことから「永劫(えいごう)」「継続」の意味が込められています。また、モチーフ自体にもそのものの由来に沿った願いが込められています。

 

本作品で取り上げた青海波(せいがいは)・麻の葉・矢絣(やがすり)にはそれぞれに興味深い願いが込められています。「青海波」は文字通り海の波を表しています。広大な海で無限に続く穏やかな波に未来永劫と平安を重ねた、「穏やかな暮らしがいつまでも続くように」という意味があります。「麻の葉」は生命力が強く成長が早い植物であることから「健やかにすくすくと育つように」という意味があり、昔は赤ちゃんの産着に使われていたようです。「矢絣」は射った矢が真っすぐに飛んで戻ってこないことから、結婚の際に矢絣の着物を持たせて「後戻りせず真っすぐ進んでいくように」という意味が込められています。

 

 

文様は冒頭でも記述した通り、着物や帯、手拭いや小物など人々が生活の中で身に着けるものの装飾によくあしらわれています。それは文様の持つ高いデザイン性だけではなく、そこに込められた願いにも影響されていると考えます。昔の人々は身近にあった自然の事象や生物に力強さや美しさを見いだし、それに縁起の良い意味を掛け合わせ文様を作りました。そしてそれを身にまとうことで自分や相手の幸せを祈ります。私たちは本作品を制作するにあたり、文様とはその成り立ちや使われ方から、昔の人々の生活の中から生まれたいのりのかたちであると考えました。

 

 

いのりを表現するために

 

文様のリサーチにより、これまで単に柄として見ていた文様の一つ一つに意味があることが分かりました。この意味を知ることで文様をモチーフ単位で捉えたり、自然との結びつきを考えたりできるようになるなど、文様の見え方が広がりました。これにより、「現代ではあまり意識しなくなった文様の由来や自然とのつながりを体験できる作品」というテーマが決まりました。

 

どのような体験するのかを考える際、重要となったのが「動き」です。私たちが普段の生活の中で目にする文様は、布に染められたり印刷されたりと静止画の状態です。文様の意味には自然界の事象(波や植物の成長)や身の回りの事柄(伝統行事や風習)を基にしているものが多く、そこには動きや所作が関係してきます。この「動き」を捉えることで文様の由来や自然とのつながりを体験できる作品になるのではないかと考えました。そこで「文様の意味(由来)をアニメーションで表現する」という作品の方向を定めました。

 

 

アニメーションはまず基本となるガイドラインを設けて、そこから有効そうな動きを模索していきました。ガイドラインとして定めたことは3つです。1つ目は文様のモチーフ(柄の単位となる図形)を崩さないこと。2つ目は文様の意味(由来)を基にした動きであること。3つ目は見ていて心地の良い動きや変化が面白い動きを目指すことです。ここで難しかったのが2と3のバランスです。文様の意味を直接的に表現し過ぎてしまうと説明的なアニメーションになってしまい、面白い表現を求め過ぎると文様の伝えたいことが薄れてしまいます。このアニメーションのバランスが作品の体験の部分で重要な要素になるため、時間をかけて検討しました。