体験のデザイン
2021.12.30
心地よい動きの探求
本作ではARで大祓という神事を形代と共に体験してもらいます。具体的な世界観をつくっていくために、まずは体験してもらう大祓の内容を整理しました。
- 形代を用意する(本来はここで大祓詞の宣読などを行います)
- 茅の輪を8の字にくぐる
- 形代を川へ流して浄化する
茅の輪をくぐる前は、自身に厄がついている穢れの世界です。形代に厄をうつして茅の輪をくぐった後は、穢れは川へ流れ、厄が祓われた浄化の世界になります。2つの世界は茅の輪を境界に分かれているため、この考え方をARにも取り入れました。
穢れは日常生活で自身に蓄積されることから、iPadの画面上には現実と同じような世界が広がっています。茅の輪をくぐると、穢れをうつされた形代が飛び回る世界へと切り替わるようにしました。また、茅の輪をくぐるように誘導するため、体験者には茅の輪が2つの世界の境界であること認識させるワームホールのように別世界が見えるように演出しました。
プロジェクトの初期は、デザイナーが考える「うつし」の世界観がどのように作品に命を吹き込むのかを、少しずつ探っていく作業が必要でした。
まだ作品名となる「うつし」という言葉も形代のデザインもなかったため、キーワードである「形代」「神社」「川」と「大量の形代が飛び回る」というフレーズを参考に一つのアプリを組み上げました。
最初の一歩となるこのアプリは、コンピューターの処理能力を度外視して、ただやりたいことだけを詰め込んだデッサンのようなものでしたが、デザイナーとプログラマーが「うつし」の世界のディティールを決めるのに役立ってくれました。
作品の命ともいえる形代の実装について紹介します。
デザイナーから共有された形代のイメージは、大量の形代が宙を舞うビジュアルでした。Unityではそのようなプランに最適なVisual Effect Graph (VFX Graph)というGPUパーティクルがあります。このVFX Graphは、コードを打ち込む必要がなく、パッチを線でつなぎ合わせるだけでパーティクルを定義できます。iPadで大量の形代を出現させても処理落ちしにくく、美しい有機的な動きを表現するために、VFX Graphを複数組み合わせて作品に実装しました。パーティクルを見ながら質感や動きを調整していく作り方に非常に合っているシステムです。
VFX Graphを使って形代の表現にも手を加えていきました。初期の形代は、形を変えず、まるで紙飛行機のように直線的に宙を舞うプランでしたが、このアイデアを煮詰めていくうちに、体験者が形代に穢れをうつした後は、形代が生き物のように動いたら面白いだろうと、鳥の羽ばたきのエッセンスも加えました。
霧の表現もVFX Graphで作りました。
この作品では茅の輪をくぐる前と、くぐった後の異世界を明確に区別したいという思いがありました。体験者に異世界を感じてもらうため、霧の表現は薄い靄(もや)ではなく、まるで高い山に発生する雲のような霧を目指して作り込んでいます。環境を暗くする効果や、足元に水面を設置する効果も加えることで、「茅の輪の向こうにある世界」の異質さを表現しました。この時に水面のディテールを調整することが、この作品の一番の難所となりました。
ARを組み込む際にはデザイナーに宮城大学の建築モデルを作成してもらって位置を調整しました。建築モデルを見ながら、階段に立ち上る霧の設置や水面の長さなどを計算しました。形代が実際の壁に激突した時に消滅する処理など、ARの実装を考える上で建築モデルは非常に重要でした。
ARの実装
ARの実装は2種類のライブラリを使用しました。テスト用は、ARマーカーだけでコンテンツを再生できるようにUnityのARFoundationを使いました。本番用は、なるべく技術要素をビジュアルから隠したかったため、Immersalという空間認識ライブラリを使用しました。Immersalはあらかじめ空間全体の写真を撮影し、その特徴点から自身のカメラの位置を推定できるため、マーカーを使わずに特定の位置にARを表示できます。
Immersalで撮影した特点群データ
モバイルデバイスのARはトラッキング精度が高くないため、その粗が目立ちしそうな演出はなるべく避けるよう、あらかじめ演出について細かいところまでデザイナーと話し合いました。
実装面では、体験者が違和感を抱かないように、実物のオブジェクトとの前後関係を破綻させない、境目部分を極力シームレスにつなげる、トラッキングのずれが目立ってしまう部分にはフェードを入れることなどを徹底しました。
現地で実際にARを確認しながら細かい調整ができるように、エフェクトの値をリアルタイムに変更できるデバッグ画面も実装しました。
デバッグ画面
最後に
本作では大祓をテーマに、実際に使われる茅の輪の制作と、ARを用いた表現によって、背景にあるストーリーをビジュアル化しました。
長年受け継がれてきた神事やいのりの道具の背景について調べ、考えることは、制作にとって豊かなインスピレーションの源であることを感じました。